「BOOK」データベースより
美しいばかりでなく朗らかで怜悧、しかも文学的才能もゆたか、という類まれな女主人・定子中宮に仕えての宮中ぐらしは、今まで家にひきこもり、渇き喘いでいた清少納言の心をいっきに潤して余りあった。
男も女も、粋も不粋も、典雅も俗悪も、そこにはすべてのものがあった。
「心ときめきするもの」など、小さな身のまわりの品、事象を捉えて書きつけた『枕草子』。
そこには、共に過ごし、話に興じた、細やかな情趣を解してくれた中宮への憧憬と敬慕、中宮をとりまく花やかな後宮の色と匂いと笑い声を、千年ののちまで伝えたいと願う清少納言の夢が息づいている―。
平安の才女・清少納言の綴った随想を、千年を経て、今清少納言・田辺聖子が物語る、愛の大長編小説。
とうとう読み終えてしまいました。
高校生の頃から30年。
何度も何度も繰り返し読んできた作品ですが、いつでも残りページ数が少なくなるごとに寂しさが増して、その世界から離れるのが寂しくなります。
下巻は時勢の移り変わりから、清少納言の周りも変化が大きくなるので、読み進めてしまいたいようなとどまりたいような、そんな気持ちになります。
定子中宮の強力な後ろ盾であった父・道隆が他界して、中宮の置かれる立場が厳しくなってきます。
関白となった道長の力もどんどん増していき、兄である伊周、弟の隆家も罪を着せられて流刑となるなど、とても辛いことが次から次へと起きました。
一時期は出家を思い立つほどの暗い気持ちの中にいた中宮でした。
道長の娘である彰子の入内で、后としての地位も不安定。
世間には定子の立場に同情する声も…。
しかし、そこは清少納言が心底惚れ込んだ女性です。
徐々に天性の輝きを取り戻していきます。
人々を惹きつけてやまない太陽のような定子中宮の周りには、笑い声が絶えません。
人生そのものを楽しみ、人間そのものを愛している女性。それが定子中宮です。
敬愛する定子中宮が突然他界したのは、三回目の出産の時。
それ以前から少しずつ心弱りを口にしていた中宮でしたが、まさかこんなに早く逝くとは、誰も思ってもみないことでした。
清少納言にとっても悪夢のような夜となりました。
私は涙が出てこない。
あまりの悲しみに眼は二つの洞穴のようになり、涙はその奥に凍りついてしまった。
氷柱のごときものが眼にも心にも刺さり、光っているだけ。
それまでがとても輝いていたからこそ、光を失ったときの暗さは耐えがたいものになります。世界は色を失いました。
ですが、清少納言は思うのです。
中宮こそ、せいいっぱい幸せの花を咲かせたのだと。
まっすぐに前だけを向いて、歩んでこられたのだと。
二番目の夫である棟世に癒やされながら、少しずつ自分を取り戻していく清少納言は、また筆を取りました。
私にとって、まだ生きていらっしゃる。
あのお姿、あのお声を書きとどめ、しるしとどめ、千年ののちにも伝えなければ。
いま、記憶のなまなましいうちに、私の愛を、私の心を彫りつけて、中宮をいきいきと永遠に生きつづけ参らせよう。
泣いていられない。悲しんでいられない。
清少納言が目指したとおり、千年ののちの私たちにも定子中宮のめでたさは伝わりました。
人々の記憶の中に生き続けました。
今回、数年ぶりに読み返して、これまでと違う印象に少し戸惑いました。
これまではただただ「清少納言、大好き~!」という気持ちだけで読んでいた気がしますが、ちょっと客観的に見ると、結構つきあいづらい人なのかも…というところもあるんですね。
火事で焼け出された下男に対して、さんざんからかった清少納言。
元夫の則光にたしなめられて反論した言葉が、少し引っかかります。
あたしたちが笑ったのは、下々の人間って何て貧弱な精神なんだろう、と思ったからよ。
我々なら丸焼けになったって、そんな歌を考えて興に入っていたろう、と思うわ。そこが下々とあたしたちの違うところです。
自分で自分を、おかしがって笑う、ということがあたしたちならできるのよ。
教養というのは、心にゆとりがあることなのね。
どこかずれているような気がしますね。
肝心なところで想像力が欠如しているような…。
それだけ心に(生活に)ゆとりのある境遇にいることを感謝しこそすれ、そうでない人を見下すのはいかがなものかと。
そういうのこそ無粋というか、品が無いような気がするんですよね。
定子中宮ならそう思わないだろうな…。
いつでも得意満面になりすぎて、定子中宮その人に高くなりすぎた鼻をへし折られる場面もでてきますが、そういうときは「さすが!」と拍手したくなりました。
といっても、根本的には好きです、清少納言。
枕草子の原本には、何がどのように綴られていたのか、自分でもいつかじっくりと読破してみたいです。
清少納言が遺して、田辺聖子さんが甦らせた定子中宮の姿。
現代の私たちの心の中でも輝き続けています。
Kindle版
購入日:2014.04.27
読了日:2015.11.11
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